(※記事中の語句のリンクは、その語句について詳しく解説したMocosuku姉妹サイトが開きます)
最後の理性は、なぜ働かないのか
ただ、やり過ごせるといっても、その渦中の心理的な苦痛は経験のない方の想像を絶するものです。
一歩引いて考えれば、一時的な非常に狭い人間関係の問題に過ぎないのですが、渦中にいるとそれが世界の全てに見えてきてしまうのです。
今回の事例では子どものいじめがママ友関係に波及して、いじめがエスカレートしたのか、あるいは二人が苦悩に耐えきれなかったのか、真相はわかりませんが、最悪の事態に陥りました。
過去にはお受験に関わる嘲笑(人の自尊心を奪う一種のいじめ)から嫉妬に狂った母親がママ友の子ども(自分の子どもの同級生)を殺害するという事件もありました。
このような事件では最後の理性が働かなかったのはなぜなのでしょうか。
実はこの背景には「母親」という社会的な役割を生きることに潜む心理学的なリスクが関わっています。
そして、いじめる側もいじめの被害者側も双方にこのリスクを持っているので、リスクが悪い形で絡みあうと最悪の事態を招くのです。
もちろん、リスクをお互いに支え合う、守り合うといういい形での関わりがあればお互いに尊重し合える素敵な関係を築くことも出来ます。
母親が抱える心理学的リスクとは何か、母親関係のいい形と悪い形の違いは何なのでしょうか。
周囲に承認されたい!という願望と ママ友のいじめ 問題
実は人は人間関係の中で自分の存在意義を確認する生物です。
まさに社会的存在なのです。
自己確認は完了ということはなく、常に最新の状態に更新されます。
そして、一般的には女性の更新は頻繁です。
その場に応じた自分の立ち位置やあり方を比較的早く察します。これがいい形で作用すると、社交性や温かさになります。
しかし、周囲がネガティブな反応を繰り返す場合、あっという間に自分の存在意義が根底から崩されます。
そういう女性をサポートするのも男性の役割の一つなのですが、一般に女性はそういう脆さを持った生き物なのです。
子育期という関わる社会が限定されている間は、特にこの脆さが深刻です。
お互いに脆いので、支え合う形になればいいのですが、人を攻撃することで自己価値を確認するようなやり方をお互いにやり始めると大変です。
この事件ではいじめ加害者の母親は高圧的な人物と報じられているので、攻撃力が高かったのでしょう。
いずれにしても、母親同士のつながり、通称ママ友関係は子ども同士の人間関係以上のリスクを持った関係であることを前提にしたほうがよいでしょう。
母親本人も、ご家族も、学校もそのつもりで今後のママ友のあり方を考えてもらえればと深く願います。
<執筆者プロフィール>
杉山崇
神奈川大学人間科学部/大学院人間科学研究科 教授
心理相談センター所長・教育支援センター副所長
臨床心理士・一級キャリアコンサルティング技能士
公益社団法人日本心理学会代議員
主な著書
好評発売中『入門!産業社会心理学』(北樹出版)
2015年9月『読むだけで、人づきあいがうまくなる』(サンマーク出版)発売予定。
公式サイトはこちら⇒ http://www.sugys-lab.com/
スポンサーリンク